PROJECT STORYプロジェクトストーリー
「NDC開発物語」
オリジナルブランド「NICOTAMA DAYS CAFE」開発物語── 挑戦から学んだ成功へのスピリッツ
田園都市線と大井町線の2線が交差する二子玉川は、常に「住みたい町」ランキングで、常に上位に位置される人気の街だ。駅東側には東急が開発したショッピングモール・住居棟・オフィス棟からなる巨大複合施設「二子玉川ライズ」、駅西側には玉川高島屋S・C、を控え、1日に約16万5000人の乗降客が利用する。2016年10月、この改札口に隣接する好立地にオープンしたのが、東急グルメフロント(以後、TGF)が仕掛けるオリジナルブランド・カフェ「ニコタマ デイズ カフェ(NICOTAMA DAYS CAFE)」である。
新しいコンセプトを掲げたカフェ誕生の道のりを追ってみた。
PROFILE開発担当者プロフィール
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前村 哲也 TETSUYA MAEMURA
営業部
1999年中途入社
政経学部 経済学科 卒東京都出身
レンタカー会社に勤務後、中央林間のTGFのケンタッキーでアルバイトをしたことがきっかけで、そのままTGFに中途入社。休日は家族とショッピングを楽しんでいる。最近は健康のためにウォーキングを始めた。読書では、戦国時代などの歴史ものを好む。
モットーは「信は力なり」
好きな食べ物は、しぶそば。本人いわく「安くてうまい」。 -
星川 傑 SUGURU HOSHIKAWA
企画開発部
2017年中途入社
英語学部 英語学科 卒北海道出身。
大手コーヒーチェーンで約30年の勤務を経て、TGFに中途入社。中学はバスケット部、高校ではテニス部に所属。休日は愛犬と過ごしたり、スポーツジムに通う。趣味はピアノで、約5年音楽教室に通う。音楽はロックから、ジャズ、クラシックまで幅広く聞き、読書は純文学、ミステリー、歴史ものを愛読。
座右の銘は「人間万事塞翁が馬」
好きな食べ物は、パスタ、寿司、魚、ハンバーグ、サラダ。
背景
二子玉川駅の好立地を生かせ!
元々、この場所にはTGFがフランチャイジーとして経営するコーヒーショップがあった。多くの乗降客が利用する二子玉川駅改札に隣接した店舗は、TGFが運営する店舗の中でも、渋谷駅の山手線改札の隣にある「本家しぶそば」に並ぶ好立地に位置付けられる。TGFが手掛けるコーヒーショップはこの1店だけだが、好立地という条件もあり経営は安定していた。
但し、このカフェは喫煙が可能な店舗となっており、時代の流れから「禁煙化」が求められていた。また、フランチャイズブランドではなく自社オリジナル業態の育成をしたいという思いも強かった。それというのも、自社オリジナル業態の育成は、TGFにとって成長への試金石であり、経営的にもぜひ成し遂げたい大きなテーマだったのだ。
そして機は熟した。二子玉川の地で、TGFならではのオリジナルブランドのカフェを立ち上げ、それを成功させる。そんな思いの詰まったプロジェクトが、2014年冬にスタートする。
オープン
遂に「ニコタマ デイズ カフェ」オープン
新店のターゲットに考えられるのは、まず、平日に毎日駅を乗り降りするオフィスワーカー、そして、買い物などで訪れる主婦や休日に家族連れや友人同士で訪れる来街者、さらに徒歩で訪れる二子玉川在住者である。カフェのイメージとしては、たとえば、スタイリッシュなビジネスパーソンが、朝はモーニング、昼はランチ、夜は仲間とグラスを傾ける。また、休日には家族でショッピングに来た人が食事を楽しむ。そのようにいろいろなシーンに使える店。
居心地がよくて、毎日、朝・昼・夕使える店。そして、毎日来ても飽きないが、斬新なインパクトもある店である。つまり、「理想の日常」を具現化できる店を目指した。
内装はかつてのコーヒーショップから一新された。以前の黒が基調の内装に対し、木目をアクセントに使ってナチュラルテイストだがモダンな雰囲気に。フードメニューは最新カフェを参考にしつつ、独自にカスタマイズしたものが用意された。また、ケーキなどは近隣の店から調達し、クラフトビールも二子玉川のものを提供するなど、地元カラーを打ち出した。
新店の開業予定は2016年10月となった。同年年明けから開店に向けて、メニューの試作や食材の調達計画、スタッフのトレーニングが急ピッチで進められた。8月になると、内装工事も始まった。
店名は、社内でさまざまな案が提案されたが、こだわったのは、シンプルでわかりやすいネーミングだ。要素としては、「二子玉川」であること、「理想の日常」を具現化する店であること、そして、カフェの形態であること、この3つの要素を盛り込みたい。候補にはスタイリッシュな店名もたくさんあったが、選ばれたのは「ニコタマ デイズ カフェ(NICOTAMA DAYS CAFE)」(以下、NDC)。3つの要素をシンプルにまとめた、わかりやすい名前にこの店への想いが込められた。
そして、遂に2016 年10月29日(土)、TGFの自社ブランドカフェ「ニコタマ デイズ カフェ(以下NDC)」がオープンした。二子玉川の一等地に新しいカフェがオープンするということで、話題性もあり、多くの乗降客も興味深げに店をのぞいていく姿が見受けられた。
軌道修正 ── 課題への対応
真価が問われる
ところが、新ブランドのカフェのスタートは、予想とは真逆の苦いものだった。オープン当初こそ開店効果で賑わいを見せたが、わずか2カ月後から、客足は下降線をたどり始める。スタッフも、慣れないオペレーションにてんやわんやだった。メニュー、販売方法、接客どれを取っても課題だらけで、売上は目標の半分以下になる。これでは、自社ブランドを出店した存在意義が問われる。早急な改善が必要となった。
2017年1月より、開店後の運営を任されたのは、当時、カフェ担当マネージャーだった営業部の前村哲也だ。前村は、これまでケンタッキー・フライド・チキンや、スープストック担当マネージャーを経て、カフェ担当マネージャーとして指揮を執っていた。
「オープン当初は、慣れない自社ブランドカフェということもあり、勝手がわからず、オペレーションや接客もなっていませんでした。正直言って、フードのクォリティも今一つだったと思います。最初は珍しさも手伝い、お客さまに来ていただけましたが、肝心なリピーターがつかない状態でじり貧になっていきました」と、前村は当時を振り返る。
お客さまの来店および売上改善のために、メニューの大幅な入れ替えは不可欠だ。開店当初は、おしゃれで尖ったメニューが多かった。たとえば、「オープントースト」だ。見た目はおしゃれだが、食べにくく、毎日注文するメニューではない。毎日食べられるスタンダードなメニューを改めて考案した。前村は、周囲の競合店を回り、メニューをチェック、価格も調べ、改定メニューの売価目標を設定した。
軌道修正 ── 新戦力投入
先ずはコーヒー改善。大幅なコスト削減に直結
ちょうどそのころ、中途入社したのが星川傑だ。星川は、大手コーヒーチェーンに約30年間勤務し、FC(フランチャイズ)統括本部在籍中、約200店舗を統括するマネージャーとして活躍すると共に、SV(スーパーバイザー)の育成や会社全体の人事制度の構築を担当していた経歴を持つ。
星川は入社後、TGFが展開するカフェ各店のマネージメントと、直営店のしぶそばやNDCを見て、改善点を提案してほしいというミッションを、社長から直々に与えられていた。特に、カフェ畑を歩いてきた星川に対して、開店してから不振のNDCの改善案への期待は大きかった。
「NDCを初めて見て最初に感じたのは、なんか変だなという違和感と、コーヒーを飲んだ時、主力商品であるにも関わらずおいしくなかったことです」と、星川は振り返る。なぜおいしくないのか、コーヒーのプロである星川は、すぐにその原因を突き止めるべく調査を始めた。
原料豆をチェックすると、思ったよりも良い豆を使っている。ブレンドに使われていた豆は、ブラジルやコロンビアなど、各産地の最高グレードの豆だったのだ。豆は問題ない。次に抽出法をチェックする。すると、一般的なコーヒー店で使用している豆の2倍の量を使用し、かつ長すぎる時間をかけて抽出していることがわかった。その結果、コーヒーが濃くなり、えぐみや渋みが出てしまっていたのだ。良い豆を使用しているのに、味づくりの方向性が違う。
星川はすぐに、コーヒーマシン製造、販売の担当者の連絡を入れ、コーヒー豆卸会社のテストキッチンに関係者を集め、コーヒーマシンの設定調整と抽出されたコーヒーの試飲を繰り返した。その結果、適切な豆の量と適切なコーヒーブリュアーの抽出時間をつきとめた。このことで、豆本来のおいしさが引き出され、コーヒーの味は大幅に改善された。しかし、味よりも大きかったのはコストである。豆の量を約半分にすることで、年間では大きなコスト削減につながった。
前村は、「星川さんの指摘を受けて、コーヒーが濃すぎることに気が付きました。それで、お客様が一気に増えるという改善ではありませんが、コストを大幅に削減できたのは経営的には大きかったと思います」と、語る。
中途で入社した星川がどのくらいの手腕なのか、最初は、前村を含む社員は半信半疑で行動を見守っていたが、コーヒー改善によるコスト削減という成果を引き出したことで、周囲からの見方は急激に変わっていった。
軌道修正 ── 内装の大幅変更
機会損失となっていた客席配置
そして、星川はいよいよ客動員の施策に動き出す。星川が感じていたもう一つの違和感は、来店するお客様がストレスを感じる店舗造作になっているということだった。当初は入り口付近の上部に、缶を並べた棚の装飾があったが、これが雑多な印象を与え入りづらい雰囲気を醸し出していた。また、店はガラス張りで外から店内が見える構造になっており、ガラス面に向けてハイカウンター、ハイスツールが並べられていた。ハイスツールに実際に座ってみると、座の位置が高く、女性のお客様が座るのに苦労をしている姿が散見された。さらに店内を見渡すと、客席の間が狭すぎて、動線が悪く、奥に座ったお客様が店内を一周しなければ帰れないなど、改善すべき点が目についた。
客席を含む、店の内装の大幅な改装には、それなりの予算が必要となる。星川は、改装提案書を作成し、経営層に改装の必要性を訴え、予算をとり、改装の許可を取りつけた。
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改装前のNDC入口付近
入口付近の上部には缶を並べた装飾棚があり、せっかくのオープンキッチンの視認性を阻害していた。また、透明なガラス面に向けてハイスツールの席が並び、女性客には敬遠されがちだった。
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改装前のNDC店内
店内は動線が悪く、テーブルと椅子が画一的に詰め込まれていた。
軌道修正 ── さらなる改修計画
緻密に計算された改修計画
投資をするからには、必ずリターンを出すというのが、星川の信念だ。感覚的に改装するのではなく、数値的な根拠が重要となる。そのために星川が行ったのは、顧客動向調査だった。
3月のとある日、星川は自ら調査を実施した。開店から閉店までのすべての時間、30分ごとに、どの客席にどのような客が座っているかを観測し、それをすべて客席図に書き込んだ。さらに、すべての客の年齢層、性別、何人利用かを分類した。それを平日と休日共に行ったのだ。
星川が最初に目をつけたように、集計結果は、客席配置で多くのお客様の利用機会を逃していたことを示していた。たとえば、平日の客の動きをみると、11時30分から17時30分の6時間は70%以上の満卓率となっていた。この状態でも半分以上の椅子は空席なのだが、入店し客席を覗いたお客様は、混んでいると感じて引き返してしまっていた。また、モーニングタイムとディナータイムは、そもそも満卓率が低かったので、客を動員する工夫が必要だ。
見た目の印象やデザインだけではない。客席の配置に、致命的な問題があると、星川は考えた。駅に直結しているだけに、特に平日の日中は一人の利用客が多いのだが、テーブルセットは二人席が多いため、一人客が二人席を利用していた。満卓に近い時間帯では、実は空いている椅子が多い。このことで席の稼働率が低下していると。
どのように客席を配置したら、お客様が快適に感じ、結果として効率的に客数を増やすことができるか。星川は徹底的なシミュレーションを行う。
元々の客席構成は、全体の3分の2が2人席、残り3分1が1人席となっており、2人席の方が多かった。これを逆転させることによって、売り上げ増が見込めると考えた。それだけではなく、テーブルの大きさや形、配置の仕方を工夫することによって、客席を増やす可能性も検討し、施工会社デザイナーは客席図面を結果9パターンにも及ぶプランを考案。この改修プランを、星川は2カ月間、検討した。
図面だけでは、実際の感覚はわからない。テーブルの間の距離などを確かめるために、模造紙を切って会議室に並べ、実物大の模型で検証する作業を繰り返す。5月、やっと改修プランを一つに絞り、工事日が決定した。夜間1日の改修工事が終わり、7月2日にNDCはリニューアルオープンを迎える。
星川が調べた平日の時間帯別満卓率
12:30~16:30の4時間は70%以上の満卓率となるが、満席とは限らない。ところが店内はぱっと見では満席に見えるため、利用を敬遠されていた。
軌道修正 ── 販売促進
次々と施策を投入
星川が回収プランを練っている間、前村は、朝と昼の固定客を獲得すべく、モーニングとランチ専用メニューの開発に着手していた。モーニングは、コーヒーとパンと卵というオーソドックスなメニューを、リーズナブルな価格で提供する。さらにランチには、それまで米を使ったメニューはなかったので新たにカレーを導入した。いろいろな店舗のカレーを試食し、ルーから作り上げた。女性客を想定し、野菜を多くするなど工夫を凝らした。
星川は改装後も、客を待っているだけではなく、積極的な販売促進策を実施する。7月からの2カ月間、モーニングとランチ、ディナーなどに使用できるクーポン券綴りを駅構内と近隣のオフィスを訪問して配布し続けたのだ。メニューの改編も手伝って、モーニングとランチの客が徐々に増え始める。そして星川の思惑通り、一人客も増え始め、売上げが回復してきた。
前村はさらなる攻勢をかける。以前運営していたコーヒーショップとの違いは、明るい店内の雰囲気だ。オープンキッチンがあり、全面ガラス張りで、外から中が見渡せる。その雰囲気によって、客層ががらりと変わり、女性客が増えた。そうなると、女性が喜ぶメニューが必要と考えた前村は、四季に合わせたシーズンメニューの開発に取り組んだ。食事だけではなく、抹茶ラテやキャラメルラテ、タピオカのミルクティーなど、女性好みのドリンクも導入した。
また、通称「カフェ・プロモーション」と呼ばれる、店頭で食品会社の新商品や、自治体の名産品を販売するタイアップ・ビジネスも始めた。二子玉川という人気の一等地で展開するカフェの立地には、前村の想像以上に業界内外から注目が集まっており、コラボレーションの依頼が各方面から舞い込みはじめた。
そして、遂に売上は反転した。
将来展望
店づくりに挑戦する文化を根付かせた
2017年12月、売上は長かった下降曲線に歯止めがかかり、上昇に転じた。上昇基調になると、今度は当初不調だったのが嘘のように右肩上がりに伸び続け、驚くことにいつしか全店舗中で売上トップ5に入る店になっていった。
マネージャーの前村は、店の成長に胸を撫で下ろした。
「このプロジェクトは、社内でも注目されていました。でも、自社カフェが成功するのかと、冷めた目で見ていた人もいたかと思います。オープン当初、売り上げが低迷し、社内でも気まずい雰囲気が流れましたが、回復したことでなんとか面目が保てたと思います」
そして、「大きかったのは、星川さんが参画したことです。中途入社で、実力の程がわからず、最初は半信半疑でしたが、入社早々にコーヒーのテコ入れをしたことで、みんなの見る目が変わりました」と、続けた。
コーヒーの収益改善後、星川は社内にいるコンサルタントのような存在として認識されるようになった。星川が提案することには、みんなが耳を傾ける。そして、綿密な計画を練ったうえで、結果を示していった。
「大事なのは、綿密に調査をして、仮設を立て、大胆に実行に移すことです。最初は社内の戸惑いを感じたこともありましたが、それを恐れるのではなく、なぜ必要なのかを目的や数値目標と具体的な方法プラス根拠を伝え提案、結果を出していくことで、認めて頂いたのだと思います。」と、星川は振り返る。
店はオープンして終わりではない。むしろ開店後、お客様の反応を見ながら、挑戦を続けながら、店を育てていくことが大切だ。
前村は、「今回のプロジェクトで一番良かったと思うのは、新しいことでも、みんなで考えてチャレンジしていこうという気運が生まれ、社内に活気が出てきたと思います。NDCについても、今後は、ディナータイムのお客さまの獲得に向けて、メニュー開発やアルコールメニューの充実にチャレンジしていきたいですね」と、意気込みを語る。
NDCは、二子玉川という立地で成功したプロジェクト。他の場所、他の業態では、また、違った工夫が必要になるだろう。
「飲食店を育てるのにはお客様の立場、視点に立って現状何が不満なのか、どうすればまた来店したい店になるのか、仮説を立て実行と検証することにつきます。今回の案件は、そのことを示せた一例と思います。王道でありますが、近道はないのです。一人ひとりの社員が自らの知恵を絞り、深く考え実行する。そうすれば、必ず良い店はできるはずです」
星川は静かに語った。
オリジナルブランドの成功は、決して簡単なことではない。それゆえ、NDC成功の意義は大きい。TGF社員に「やればできるんだ」という自信と、挑戦する姿勢、そして刺激をもたらしたことは間違いない。この成功で育まれたスピリッツが、今後、さまざまなオリジナルブランドの店舗づくりプロジェクトにつながることを期待したい。